小説

2009年1月 7日 (水)

いらっしゃいませハート

不況、不況、不況。もう飽きた。

「飽きた」なんて言えるのは、きっとそれが私にとっての他人事だからなんだろう。
つまらないと思いながらもテレビを見続けるのは、正確に言うと、テレビをつけつづけるのはその音と光のない世界がまるで世の中から遮断された空間に感じるから。

「私の生きている意味は」と自問すると、役者として年に1、2回、都内の小劇場に出演すること。
すること・・・だけ。
「だけ」とつけてしまうのはきっと、そのことが自分でも「生きている意味」にしては小さすぎると感じているからだ。
売れない役者、映画女優を目指している。もう20代後半。そんな女、五万といる。だから良いのだ。
私の生命線はここだった。

みんなそうだから。

少なくとも私の周りは。
同じ境遇の人間が集まれば恐いことなどそう多くはない。恐くなければそれで良い。

不況といわれる時代でも、時給が上がらなくても文句ひとつ言わずに4年間勤めているベテランのバイトをクビにするようなこともないだろう。もし、人を減らすにしても私より先にクビにされるべき使えないやつが2人いる。
コンビニエンスストアの夕勤。主婦も学生も入りずらい穴場のシフトに定着し続けている私。

今日、劇団から、初めて脚本を任された。
任されたといっても、今年は2時間の舞台に3本のショートストーリーを上演じようということになり、ルーレットのようにまわってきた役割。
脚本を書くなんて夢にも思ってなかった。
結論を話すと私はこれをきっかけに役者をやめることになる。
人と違う道を生きたいと親元はなれて始めた芝居なのに、いつのまにか、他人と同じでないと世の中が恐いと思う生き物になっていたこと。
何のために表現するかを考えたときに困っている人を他人のようにしか思えなかったこと。
成長したいと思って生きていたはずがいつのまにか下の人間ばかり気にしてプライドを保っていたこと。
脚本を書くことで、私は私のおろかさに気づいた。私に表現する資格なんてない。でも、それに気づいた時期が最悪だった。何かを始めようにも、不況の波の中、入り口がどこにも見えない。これが生きているっていうことなんだ。
レジに立つ、いつもと同じ視界。でも、なにか違って見えている。
「いらっしゃいませ」
初めて言えた「いらっしゃいませ」だった。

・・・

彼女は成長して、また、役者の世界に戻ってくることになる。オーバーサーティー、アラフォーと言われる世代の魅力はそこにある。おろかな若さも魅力的だが、人として悟りを開いた人間のほうが魅力的なのは、あきらかな事実。あとはオーディエンスがそれに気づくかどうかが問題なのかもしれない。
社会を知った人間が考えれば役者も仕事として成り立つ道がきっとある。

2008年12月29日 (月)

逃飛行

時給820円のアルバイトの私には縁のない場所

イミグレーションに向かうすべての人の背中が勝ち誇っているように見える。

彼氏と別れた3年前
友達付き合いも、自分の夢もすべて受け流して彼に注ぎ続けた私の時間は7年間と3ヶ月。

私の年齢を世間は「結婚適齢期」と言うらしい。でも、そのことにはあせってない。

ただ、目の前にある孤独と膨大に余る時間のつぶし方に途方にくれるだけの毎日。

彼氏に別れを告げられてから1週間目の朝、1週間ぶりに外に出て、何をして良いのかわからずに、とりあえず、何かの行動をと前向きに起こした気持ちが、「電車に乗る」というところまでこぎつけさせた。

駅の路線マップをぼんやり眺めて、「成田空港」とつぶやいた。
「成田空港・・・か・・・」

私には全然、縁のない場所だと思ってた。
だからこそ、別の世界で、今まで知らなかった何かが待ってるような気がした。
そして、初めてここに来たのが3年前。

ここは、常に動いている
それは、簡単に言ってしまえば「時間」
もっと大きいものかも・・・「時代」?
ここにくると、その「時代」になんとかしがみついている自分がいるような気がした。
ここにいると「時代」においていかれる恐怖から少しだけ救われている。
ここは私の処方箋だった。

イミグレーションに向かう旅行者の背中には敗北感を感じつつも、成田空港に向かう電車の中で、途中で降りていく乗客には何か勝っているような、そんな気持ち。
錯覚というのか
この錯覚(ゲーム)は1ヶ月に1回くらい3年間続いている。

いわば私の生命線。

今、搭乗手続きの出口で家族連れがなんだかもめている。

「なんで、ここに来るまで気がつかなかったんだ!」と男性が自分の奥さんを怒鳴ってる。
中学生と小学生と見られる姉弟が残念そうな顔で自分の母親の顔をなんともいえない表情で見つめていた。

一方的な男性の言葉に耳をかたむける私。
野次馬?

どうやら、奥さんのパスポートの期限が足りなくて、出国が許可されなかったらしい。
夫に怒鳴られ、子供たちに向ける顔もないそんな女性の姿。

それが、どういう風に私に影響したのかわからない。
人の不幸を笑い話のように楽しんでるわけでもないし、むしろ、私に何かできるのであればしてあげたいくらい。
でも、なぜかわからないけど、そんな一部始終を見ていて勇気がわいてきた。

なんなんだろう・・・

私のゲームが今日、終わった。

2008年12月26日 (金)

プロローグ

こんなに苦しいのは・・・

わたしひとりじゃない

そんなこと、わかってる

わかってるけど、なんなんだろう

「なんなんだろう」じゃなくて、正直に言えば、関係ないって感じ。

わたしはわたしだし・・・

現代社会が置き去りにしてきた人間たちの物語

私なんか生きていく意味もわからないのに、まちあかりは、それぞれ意味があって照らされている。

あたしなんかまちあかり以下か

ああ・・・まちあかりすらムカツク

短編読みきりで連載していきます。

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